ブラックロッド いまさらの感想

ブラックロッド (電撃文庫)

ブラックロッド (電撃文庫)

(一応アマゾンリンク。在庫ありませんが)
例によってネタバレ。もちろん初読での感想ではないので、新鮮味のあるものではない。
じつのところ、古橋秀之デビュー作であるところのブラックロッドは、物語としてはあんまし面白かった記憶が無い。
とりあえず、最悪に近い出会い方をしたのがその一因と思われる。

  • 漫画版から入った

三部敬のコミカライズ版から読み始めたのである。これはそれなりによくできているが、ケイオス・ヘキサという異形の街のイメージとしてはインパクトが薄く、ただそれにしたって絵から入ったことは、小説においてイメージを膨らませるという部分でかなり制約になったような気がする。
かつ、このコミカライズ版は、掲載誌の打ち切りとかでかなり中途半端なところで止まっていて、具体的にはウィリアム・龍の首が落ちたところで止まっている。つまり原作を買い求めた最大の理由ってのは、続きを読みたかったからだった。そのせいで結末に興味が集中し、読み急いだ記憶がある。

  • 大オチのネタが事前に読めてしまった

これが結構痛かった。オチのネタというのは、「片目の神官に目をつぶされたものが、次の神官になる」という伝説である(コミック版では巻末で軽くネタ晴らしもしていたっけ)。たしか、諸星大二郎のコミックで知ったのだと思うが、この知識と「少年向けの娯楽小説なのだろう」という予断がこーんな憶測を生んだのである。

  1. 主人公である傷顔のブラックロッドがランドーになってしまう
  2. さすがにそれでは(少年向けであろうし)オチにならないから、そこを覆す部分にドラマを持ってくるに違いない

しかし、結末は知ってのとおり、主人公である傷顔の物語としては、1で終結して悲劇として終わる。俺にとっては、予想の斜め上でなく真下というか、ひっくり返ることを期待していたところでなにもなかった、ということになった。これは非常に痛かった。
おそらく作者としては、主役が勝つと思わせておいて負ける、がオチになる予定だったと思うのだけれども*1。まあ出会いが悪かったんだ、しょーがないとしか。


で、まあ、このオチの部分を楽しめないとなると、ブラックロッドは物語としての楽しみ方が見出しにくい小説なのだった。
物語は二つの軸をもっている。ひとつは傷顔のブラックロッドとヴァージニア7、ヴァージニア9とランドーの対決。もうひとつはランドーに関わる事件の調査を依頼されたウィリアム龍の線。このふたつが交互に描かれ、最後に合流する形になっている。
いちおう、両者ともに主役といえるのだが、感情移入するに足るドラマをもっているのはどちらかといえばブラックロッド(傷顔)のほう。ウィリアム龍は軽薄で憎めないが、役回りとしては狂言回し。シリーズ皆勤の彼は通して読めばとても魅力的なキャラクターだが、やはり主役ではない。
しかしブラックロッド(傷顔)の物語として見れば、傷顔は裏切られて予言のとおりに死ぬだけの役回りである。救いは無い。また、その悲劇性を十分堪能できるような仕掛けにもなっていないような気がする。だから、個人の物語としてオチがそれではあんまりだ、というのが正直な感想になる。
一応、物語全体の結末として提示されているのは、傷顔を含む幾人かの犠牲によって神を作り出す、その技術が一歩進んだ、そのことによって希望が生まれた、ということなのだが、しかし、その計画を推進していたのは陰謀集団である降魔局であり、そこにドラマ性を見出すのはちと難しい。結局は主人公らはいいように使われただけなのだし。


結局物語を無理に楽しむよりは、そういうものだと置いておいて、あとは世界観やギミック、造語、アクションの流麗さ、等々のディティールを楽しむことになるのかな、という感じである。SFとしての顔もブラックロッドの時点では、それらいくつものディティールの一部という感じ。実のところ、このディティールの部分がこの小説で一番楽しいところではなかろうか。

SFとしてのブラックロッド

日本のサイバーパンクとして士郎正宗攻殻機動隊の影響は当然ある中で書かれた小説だと思うが、攻殻機動隊のゴーストという概念に対してアンチテーゼ的な書き方がされているように感じる。「ゴースト? いやそんな曖昧な概念に逃げないで”魂”を定義してやらぁ」みたいな感じで。このあたりオカルト=科学な世界の強み。その上で魂を持たない吸血鬼を主役の一人に任じて、人の真似事をさせてみたり、いやこいつは魂を持たない虚ろなのだと言わせてみたりして遊んでいるのだ。この吸血鬼がまたやけに人間くさいので読者としてはニヤニヤするわけである。


もうひとつは宗教SFとしての側面。オカルト=科学として構築された世界では、神秘性を剥ぎ取られた宗教は力を失った、という描写がなされる。

「つまり、この予言が的中すれば、それは<神>の存在を証明する有力な証拠となるの。
 ――あなたは、神様の存在って信じる?」
 訊くまでもない。ブラックロッドは仮説上の存在など考慮に入れない。

ブラックロッド P87-88

身もふたもない。神様は存在が証明されていない仮説上の存在である……と言われては、信じるほうもはりあいがない。シリーズを通せば三大宗教がそれぞれ登場するが、物語の舞台である都市、<ケイオス・ヘキサ>においては、どの宗教も衰退への道をたどっている。
それが物語の結末として「神様を作る」というところにうまくつながっている。まあそれでも、やはり主題として任じえるほどではないかな。それはブライトライツ〜まで待たねば。

ギミック

ここでは小道具の意だが、とにかくかっこいい。それら小道具への描写が寄り集まって独特の雰囲気を醸成している。小道具自体の造りもいいのだが、それらに対する描写も読んでいて小気味いい。たとえばタイトルにもなっているブラックロッド=黒杖特捜官、その名前の由来となっている黒い杖への描写はこんな感じ。

そして、右手にたずさえられた巨大な黒い呪力増幅杖(ブースターロッド)。冷たい光沢と身の丈を超える長さを持つそれは、権力(ちから)の象徴であり、呪力(ちから)の源であり、威力(ちから)そのものだ。人は「力」に対する畏れを込めて、それを持つものを<ブラックロッド>と呼ぶ。

ブラックロッド P23

やはりかっこいい。

*1:イムリーなことにこんなコラムが出ていた。「改竄事件」- 古橋英之